ゲームやパソコンにおける高度なグラフィック処理に欠かせないGPU(Graphic Processing Unit)。コロナ禍で生じたゲーム人気に乗じて、グラフィックボードやGPU搭載PCの需要がうなぎのぼりし、同時に価格も急上昇。手に入りにくい状態がしばらく続いていた。しかし、本格的なアフターコロナに突入した今、“高値の花”だったグラフィックボードが在庫余剰の様相を見せている。

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巣ごもり需要で生じた”グラボバブル” 

パンデミック真っ只中の2021年、巣ごもり需要は頂点に達し、自宅で楽しめるゲーム需要は急速に高まった。家庭用ゲーム機やゲーミングPC、ゲームソフト、ゲーム用チェアなど、周辺機器の売上も好調。デスクトップPCにグラフィックボード(「グラボ」とも称される)を追加する動きもマニアの間だけではなく、一般のゲームファンにも普及した。

しかし急な需要上昇の陰では深刻な“グラボ不足”が起こり、世界的な半導体不足も相まって、GPUは非常に手に入りにくい状態となった。値段もメーカー希望小売価格の2〜3倍という高値がつき、“グラボバブル”のような状態に陥った。

下の表は、米国のテック系ウェブメディアThe Vergeが2021年3月に調査した、GPU、PS5、Xboxの販売価格の比較表である。左からメーカー希望小売価格(Retail Price)、2020年12月時点での販売価格、そして2021年3月時点の販売価格である。

上から2番目のNvidia RTX 3080はメーカー希望小売価格が699ドルであるのに対し、2021年3月には2,160ドルと約3倍にまで跳ね上がっている。他のアイテムに至っても、いずれも1.4倍以上の価格の上昇が見られる。

GPUの在庫余剰が発生、次世代GPUの登場も

しかしコロナが下火になった2022年、ハイスペックPCの売り上げが急落。同様にグラフィックボードも「在庫余剰」という急転直下に見舞われた。GPUメーカー最大手のNVIDIA(エヌヴィディア)は、2022年7月31日に行われた2023年度第2四半期の決算報告会で、今期の収益は前四半期から19%減少の67億ドルに終わったと報告した。

NVIDIAのジェンセン・フアンCEOはThe Vergeの取材に対し、「(現在販売中の)GeForce RTX30シリーズの在庫は余っており、その問題に対処しているところ」と回答し、価格の引き下げを示唆した。その一方で、ゲーム需要そのものが落ちたわけではなく、同社ブランド「GeForce」の売上はパンデミック前から70%増加していることを強調した。

NVIDIAは今秋、次世代GPU「GeForce RTX40シリーズ」の発売を予定しているという。現世代のRTX30シリーズが発表されたのは2020年9月。8nmチップで前モデルの2倍のスペックを持つAmpereアーキテクチャーを採用し、スピーディーで高度な画像処理、安定感のあるパフォーマンスが高い評価を得た。次世代のRTX40シリーズは「その2倍のスペック」と噂されている。

過剰在庫の解消や新モデル登場前のセール的な意味合いを持つ、RTX30シリーズの値下げ。“型落ち”とはいえ、待ち望んでいたファンにとっては嬉しい展開ではないだろうか。

また、フアン氏は「GPUをクラウドで使用すること」についてもほのめかしている。

テレワークのパフォーマンスを改善するクラウドGPU

GPUというと、ゲームや暗号資産のマイニングなど、一部の用途に使われるイメージがある。しかし現在は、PCの標準的な使用においても高いグラフィック性能が欠かせない。特にテレワークが普及した今、動画を含めたデータ共有やオンラインミーティングなど、ハイスペックな作業環境は業務の効率を左右する。

とはいえ、会社から貸し出される業務用のノートPCは、従来的なスペックしか搭載されていないことがほとんどだ。特殊なグラフィックソフトを使う職種においては、PC環境が原因でテレワークが叶わず、出社を余儀なくされるケースも大いにあるだろう。そこでNVIDIAが提唱するのは「DX推進仮想基盤」である。これは、利用するPCのスペックに依存せずに高スペックな作業環境を実現する、いわばGPUのクラウド化である。

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ITmediaによると、同社が開発した独自技術「NVIDIA vGPU」は、データセンターで高性能のGPUメモリを分解し、「仮想GPU」として高いコア性能を共有しながら複数台の仮想マシンで効率的な作業を行えるようにする。これにより、仮想マシン1台あたりCPUの負荷は10〜60%軽減され、動画のなめらかさを示すフレームレートは5~25fps向上するという。

DX推進仮想基盤は、高スペックなデジタルスペースを提供することでテレワークのパフォーマンスを改善し、企業のDXを推進することを目的にしている。

ディープラーニング、メタバース、自動運転車

GPUを必要とする業界は多岐に渡る。製造業、建築業、エンターテインメント、医療、エネルギー、金融、そして教育機関や自治体まで、あらゆる業界がグラフィックパワーを必要としている。

中でもAI(人工知能)開発に欠かせないディープラーニングの領域では、高度で大量、そしてスピーディーな演算処理が求められることから、GPUの活用が不可欠だというディープラーニングは行列計算を多用するという特徴があり、CPUに比べて膨大なコアが載っているGPUは、大量の計算を並列で行うことを得意とする。この特徴がディープラーニングと相性が良く、この分野で重用されるようになった。

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NVIDIAは、データサイエンスの研究開発と普及にも力を入れている。同社のデジタルスキル育成プログラムDeep Learning Institute(DLI)では、ディープラーニング、データサイエンス、ハイパフォーマンスコンピューティング (HPC) などの分野で活躍する人材育成に取り組んでおり、2022年9月8日には滋賀大学と共同で手がけた「DLIデータサイエンス教育キット」の日本語版もリリースした。

その他では、自動運転車向けのAIプラットフォームや産業用メタバース向けのシミュレーションプラットフォームなど、GPUの汎用分野は多岐に渡る。

一時的に売り上げが落ちたNVIDIAだが、未来産業に欠かせないGPU自体の需要が落ちることはないだろう。とはいえ、テスラやグーグルなどのテック大手がSoC(System-on-a-chip、CPUやGPUも含む集積回路)を自社で「内製」するなど、独自の動きも出てきている。今後、業界地図の変動も起こりうる可能性も十分あるだろう。

文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit