環境破壊を国際犯罪にする取り組み
静岡熱海の盛土問題などに見られるように、環境破壊行為は人命が奪われるまで野放しになる傾向がある。これは日本だけでなく、世界どこの国でも同じようなものだ。
しかしこの先、状況は大きく変わってくるかもしれない。
今欧州では、自然破壊行為を重大犯罪に認定し、人命が奪われなくともそのリスクがあるだけで、環境破壊行為者を起訴できるようにする法整備議論が活発化しているのだ。
1つに、個人の国際犯罪を裁く国際刑事裁判所(ICC)の管轄に環境破壊行為を追加しようという国際弁護士らの取り組みがある。
この取り組みを行っているのは、国際弁護士、国際法学者、元検察などで構成される団体Stop Ecocied Foundation(SEF)だ。
SEFは2021年6月、環境破壊犯罪行為である「Ecocide(エコサイド)」の法的定義を発表。ICCが管轄する国際犯罪への追加認定を目的とした動きだ。
ICCは、2003年にローマ規定に基づきオランダ・ハーグに設置された国際裁判所。国際的な関心ごとである重大犯罪について責任ある個人を訴追・処罰することで、同様の犯罪が繰り返されることを防止することを目的としている。
現在、ICCが管轄しているのは「集団殺害(genocide)」「人道に対する犯罪(crimes against humanity )」「戦争犯罪(war crimes)」「侵略犯罪(crime of aggression)」の4つ。これに「環境破壊罪(ecocide)」を追加しようというのがSEFの考えだ。
SEFによる今回の案は、環境破壊罪(エコサイド)を以下のように定義している。
「Ecocide means unlawful or wanton acts committed with knowledge that there is a substantial likelihood of severe and either widespread or long-term damage to the environment being caused by those acts(甚大で広範囲かつ長期的な影響が出る可能性を知りつつ行う悪意のある環境破壊行為)」。
英UCLで国際法を教える教授兼弁護士で、SEFによるエコサイド法的定義プロジェクトを率いたフィリップ・サンズ氏は、今回のエコサイド定義提案は「人道に対する犯罪」と「集団殺害」に法的定義を与えた1945年のニュルンベルク裁判を参考にしたプロジェクトだと語っている。
ICCで国際犯罪認定されるまでのステップ
もしICCでエコサイドが国際犯罪として認定された場合、自然破壊を行った企業の代表など責任ある役職の人間は逮捕・訴追されることになる。
しかし、ICCは主権国家によって成り立つ国際機関であり、ローマ規定の改正提案や議論は加盟国によってなされることが必要だ。
Euronewsは、エコサイドの国際犯罪認定までいくつかの段階が必要だと指摘している。
1つ目はICC加盟国による提案だ。ICCには現在、世界123カ国が加盟しており、どの国も提案する権利を有している。
提案国として有力視されるのはスウェーデンだ。
実のところ、今回Stop Ecocide Foundationにエコサイド法的定義の話を持ちかけたのは、スウェーデンの与党議員たち。環境立国といわれるスウェーデンからICCに対する改正案が出てきても不思議ではないだろう。
2つ目は、エコサイドの「admissibility(証拠能力)」についての加盟国の合意だ。ICCにおけるエコサイド裁判では、どのような証拠が受け入れ可能なのか、加盟国間で議論・合意される必要がある。
そして、3段階目がローマ規程改正案への合意だ。加盟国のうち3分の2が改正案に賛成すれば、エコサイドがローマ規定に盛り込まれ、戦争犯罪などと並ぶ国際犯罪となる。
エコサイドが国際犯罪として認定された場合、ICC加盟国はそれぞれの法執行機関によってエコサイド容疑者を逮捕、容疑者はICCに引き渡され訴追されることになる。戦争犯罪などでは、アフリカの容疑者が逮捕されることが多かったが、エコサイドでは先進国大企業の責任者の逮捕が多くなるのかもしれない。
36歳の欧州議員がけん引する「環境犯罪専門検察機構」創設の動き
環境破壊の刑罰化の動きは他にも見られる。
欧州刑事警察機構はこのほど、環境犯罪が欧州連合の安全保障脅威の1つになっているとの認識を発表。
これに伴い、ルーマニアのヴラド・ゲオルゲ欧州議会議員(36歳)は、欧州連合に環境犯罪専門の検察機構「Green Prosecutor」を設けるべきとの提案を発表したのだ。ゲオルゲ議員は地元ルーマニアでも環境犯罪に対する法整備で活躍する人物だ。
ゲオルゲ議員は、欧州連合に環境検察が必要な理由は大きく2つあると指摘。1つは、山火事、土砂崩れ、汚染による健康被害からEU市民を守るために、環境犯罪者たちを訴追する必要性があること。2つ目は、環境犯罪によるEU財政や経済復興への悪影響を阻止するため。
欧州域内では現在、違法伐採、不法投棄、密猟、大気汚染などが進行中で、反社会勢力の資金源になっているといわれている。欧州刑事警察機構によると、特にリサイクルや代替可能エネルギー産業での組織犯罪が増えており、欧州連合の安全保障が脅かされているという。
ゲオルゲ議員によると、環境犯罪によってもたらされる経済損失額は世界全体で年間2580億ドル(約28兆3674億円)に上る。
欧州では最近ドイツなどで発生した洪水で環境問題への意識や危機感が一層高まっていることが想定される。上記のようなエコサイド議論やGreen Prosecutor創設の動きは、予想より早く展開していくのかもしれない。
文:細谷元(Livit)