米国ではコロナ禍でレジャー用ボートの販売が急増

観光産業ではパンデミックをきっかけに起こった大きな変化がいくつか観察される。その1つが「マスツーリズム」から「プライベート/アイソレーション旅行」への変化だ。

これまでのような混雑するパッケージツアーではコロナ感染リスクが高いとの懸念から、プライベートな旅や宿泊の人気が高まっているのだ。

クルーズ市場でこの傾向が顕著にあらわれている。

日本でクルーズといえば大型客船に乗って行くツアーを思い浮かべる人が多いはずだ。これは4000〜5000人規模での船旅であり、これまでの事例からも感染リスクが高いことは周知のことだろう。

マスツーリズムを象徴する大型客船

一方、欧米では昨年からリクリエーション用に個人でボートを購入する人が増加。販売はパンデミック前の水準を大きく上回る状況となっているのだ。

全米海洋設備生産者協会(NMMA)が2021年1月に公表した市場レポートによると、2020年北米ではパワーボートの新規販売数が31万隻以上となり、2019年比で12%増加した。これは2008年の金融危機以降最大の伸びとなる。

NMMAのフランク・ヒューゲルマイヤー会長は、多くの人々がパンデミックや普段のストレスから逃れるためにプライベートボートを購入したと指摘。安全にアウトドア・リクリエーションを楽しめる手段として人気が高まったと述べている。多くのボート購入者は初回購入者で、主に26フィート(約7.9メートル)以下の小型ボートが人気だったという。

NMMAの推計によると、米国における2020年のボート/設備、サービスの販売額は470億ドル(約5兆1571億円)となり、前年比では9%の増加になった。

日本ではリクリエーションを目的としたプライベートボート利用は、富裕層のみが楽しむものというイメージが持たれがちだが、米国では幅広い所得層が楽しめるリクリエーションアクティビティになっている。NMMAレポートによると、米国のボート利用者の61%は世帯収入が7万5000ドル(約822万円)以下であるという

ヨットチャーターの予約数も増加傾向

所有するボートで楽しむだけでなく、プライベートヨットをチャーターして旅行を楽しむ人も急増している。

Travel and Leisureによると、ヨットチャーターサービスを提供するBoat Affairでは、コロナの影響でチャーター予約数が二桁の伸びとなった。

Boat Affairのエイドリアン・ウォーカーCEOは同誌の取材で、混雑したホテルや大型リゾート/大型クルーズを避け、プライベートヨットを選択する旅行者が増えていると指摘。費用も意外と手頃であることから、ファミリーや友人同士での利用が増えているという。

バハマ沖に浮かぶプライベートヨット

ウォーカーCEOによると、たとえばフィジーでヨットチャーターした場合、1週間あたりの費用は約1万5000ドル(約164万円)かかる。これは、燃料代、食事代、船員代、税金が含まれた価格で、最大6人まで乗船できる。6人で割れば、1人あたりの費用は2500ドル(約27万円)。

フィジーやタヒチでは1泊の宿泊費が1000ドルを超えるホテルは少なくない。1週間で2500ドルは、それらのホテルと比べる割安に感じるものだ。

リッツカールトンも密を避けるヨットサービス提供開始へ

大手ホテルブランドも、完全なプライベートではないが、マスクルーズからのシフトを感じさせる新しいクルーズの提供を開始している。

マリオットインターナショナルが運営するホテルブランドの1つリッツカールトンは、2021年7月に「ヨットコレクション」をローンチ。2017年にヨットの建造開始と2019年第4四半期のサービスローンチ予定が発表されたが、パンデミックの影響で延期となっていたプロジェクトだ。

2021年7月に投入されたのはヨット第1号となる「Evrima号」。CruiseMapperのデータによると、メガヨットに分類されるEvrima号の建造費用は2億9000万ユーロ(約378億円)、スペインの造船会社Astilleros Barrerasが建造した。大きさは、全長190メートル、幅24メートル、最大旅客収容人数は298人となっている

リッツカールトン「ヨットコレクション」(リッツカールトンウェブサイトより)

旅客収容人数5000人規模の大型クルーズ船の一般的な長さは350メートル前後、幅は40メートルほど。単純な比較でも、Evrima号の人口密度の低さが際立つ。

Evrima号は一般的な大型クルーズ船の半分ほどの大きさとなる。大型クルーズ船の人口密度をEvrima号に当てはめると約2500人収容できることになるが最大は298人のみ。密を避け安全に旅行したい人々への売りとなっているようだ。

リッツカールトンのほかには、アマン京都やアマン東京を運営するアマンリゾートやモルディブの高級リゾート・ソネバフシなどプライベートクルーズを提供するホテルブランドは少なくない。空の旅でもプライベートフライトへの注目が集まっているところ。大きく変わる観光産業、今後の動きに注目したい。

文:細谷元(Livit