大手広告代理店に新卒入社、花形の広告マンとしてバリバリと仕事に励み、順調にキャリアを積み上げてきた大関海平さん(33歳)。結婚し娘が誕生、周囲からも出世を期待されていた。そんなタイミングで彼が選んだのは、育休を取得してのデンマーク留学という意外な道だった。

2019年8月、家族と一緒にデンマークに移住。ビジネススクール「KAOSPILOT」(カオスパイロット)に所属し、3年間の学業に励みつつ、家庭では一児の父として家事・育児に意欲的に取り組む大関さんは、福祉国家デンマークでどんな生活を送っているのか。彼が思い描くこれからのキャリアとはーー。

30歳を過ぎ「留学するなら今しかない」と思った

広告代理店に入社して9年目、広告マンとして海外出張をするなど、華やかな社会人生活を送っていた大関さんが、なぜ出世街道を外れて北欧デンマークに留学したのか。それは、誰もが気になる問いだろう。

「社会人になってからの海外留学は以前から視野に入れていました。娘の誕生により一時は完全に思考停止状態になったものの、最大2年間の育児休暇を取得できることに目を向け、いっそのこと留学しながら子育てするのもアリだなと。32歳という年齢的にも、動くなら今しかないと思いました」(大関さん)

育児休暇と会社の私費留学制度を組み合わせれば、最大で4年間休むことができる。会社にとっては、8年以上も仕事にまい進してきた大関さんを長期間失うのは痛手だったに違いないが、それでも大関さんの決意は揺らがなかったという。

「僕の頭の中にあった問いは、課題だらけの世の中で自分ができることは何か。それを日本と異なるコンテクストの中で見つめ直し、ソリューションをゼロから生み出すスキルを身に付けたいと思いました。これまでの人生では何もないところから事業を作る経験は皆無で、このままでは国と会社とクライアントに守られたサラリーマンで終わってしまうと、危機感があったんです」(大関さん)

今、社会が本当に必要としているものは何なのか、それを自ら見極め、熱量を持って取り組める“何か”を見つけ、ゼロから解決策を生み出せる人間になりたい。それが大関さんの強い欲求だったのだ。

留学を決めたとき、家族や周囲の反応がどうだったのか尋ねると、応援する声が大多数の中で一部、疑問の声もあったそうだ。

「妻を含めた身内は、驚きはしたものの僕の強い決心を知ると、全力で応援してくれました。会社の仲間やクライアントの方々も強く背中を押してくれた。一方で、一部の同業者からは『なぜ、子どもが生まれたばかりで留学にお金をつぎ込むのか理解できない』という声もあり、確かに無給状態で貯金を切り崩していく生活への恐怖感はありましたが、経験上、自分で決めて貫いたことは後悔がなかったので、絶対に後悔しない自信がありました」(大関さん)

ソーシャルイノベーターを生む「カオスパイロット」での学び

カオスパイロットでの授業風景

MBAを留学候補に入れつつも、最終的に大関さんが選んだのは、ソーシャルイノベーターを多く排出しているビジネススクール「カオスパイロット」だった。大学や大学院とはまったく異なる教育体系を持つ同スクールは、先生もいなければ教科書もない。

従来のビジネススクールや大学のカリキュラムのように多くのケーススタディから学びを得るのはではなく、自らが選んだ社会課題に対して、何もないところからプロジェクトを生み出し、実行していく。この過程からスキルや経験を習得するのが最大の特徴であり、このアプローチこそ大関さんが望んでいたものだった。

「カオスパイロットの教育に魅力を感じたことはもちろん、デンマークは福祉や教育環境が先進的で、住環境や治安もとても良い。日本よりも男性の育児が一般的であり、子育てをする環境としても最適だと感じました」

2019年、大関さんは、妻と当時生後6ヶ月の娘を連れて、家族でデンマーク第二の都市・オーフスに移住。学業と子育てを両立する新生活をスタートさせた。

カオスパイロットの同級生と共に

カオスパイロットでは、北欧を中心に世界各国から集まった1クラス38名の生徒たちが、3年間に渡り大小いくつものプロジェクトを実行する。チームと個人でそれぞれ異なるプロジェクトを持ち、自治体や地元の企業などを巻き込み、現実的な課題解決のためにアプローチする。教育課程の中には、企業でのインターン体験も含まれる。

「2020年の10月〜12月まではインターン期間で、世界中のどの企業や組織でもOKです。僕は、デンマークで勢いのあるスタートアップ『CPH Village』(コペンハーゲンビレッジ)を候補にしています。同社はコンテナを家として再利用した住宅コミュニティを北欧で展開していて、コンテナごと引っ越しができるのが最大のユニークポイントです。僕が興味のあるトピックと重なる点が多くあり、魅力を感じています」

来年春には、38名全員で3ヶ月間来日し、東京で8社のクライアント企業に向けてプロジェクトを実施する予定だという。どんな課題を選ぶか、何をするのか、その選択の多くは自分次第。非常にエキサイティングな学生生活が伺える。

能動的なアクションが人生に与えた変化とは

一方、家庭生活はというと、こちらも変化による刺激に満ちあふれているようだ。

「オンラインでの活動が中心だったコロナ禍では、朝昼晩の3食を家族と一緒に食べて、夕方には娘と2人で2時間ほど外を散歩するような生活がスタンダードでした。通学する日でも朝晩は家族と一緒に食事をしますし、休日に家族で外出したり、料理や洗濯といった家事をしたりする時間も格段に増えました」

サラリーマン時代は、接待続きで深夜帰宅が当たり前、海外出張で家を空けることもあり、家族で食卓を囲むのはまれだった。デンマークに来てから、180度生活が変わったと言っても大げさではないだろう。

「ゲームやカラオケなど、楽しさをコンテンツに求める傾向が強い日本人に対して、デンマーク人は人との対話による“意見交換”に楽しさを見出しているような気がします。その価値観に感化されてか、同級生や妻と積極的に会話するようになり、自分がこれまで良しとして過ごしてきた生き方や考え方は、実はものすごく狭い視野で社会を捉えているものだと気づかされました」

かつては「とにかく仕事人間だった」と語る大関さんだが、そんな彼のマインドを変えたのは、紛れもなく「娘の存在」だった。

「新しい人間がそばに生まれ、一緒に生活するという事実は言葉では言い表せないほど衝撃的で、自分を取り巻く環境が激変したことで、今までと同じ生活を続けることを不自然に感じるようになったんですよね。これほどまでに環境が変わったんだから、自分もアップデートしなきゃ追いつけないなと」

大関さんが育児休暇を取得した一番の理由は、家族にフィットするよう自分が変わらなければいけないとの思いが湧いたから。とはいえ、男性の育児休暇取得率がわずか7.48%(2019年時点)の日本で、男性が長期間の育児休暇を取得するのは簡単ではないかもしれない。

「実際、僕が勤務している広告代理店でも数ヶ月単位の育休を取得した男性社員はまれですし、外的要因を見ると日本の子育て政策・環境が不十分であるのは明らかです。でも、だからといって今、外に責任を求めてもすぐには変わらない。社会が変わるよりも先に、自分がイニシアチブを取って動くほうが早いし、試行錯誤して個人でチャレンジしたほうが社会に与えるインパクトも増すと信じています。

僕のように年単位で育休を取得したり、無給で海外留学したりすることは、それなりの負担を伴うので推奨はしません。でも、ライフステージが変化する中で、学ぶことを諦めたり、やりたいことをガマンしたり、視野が狭くなっていく傾向にとても違和感があって。

僕の場合は、育休+海外留学というアクションを取り、この1年で自分の視点が大きく変化し、目指すべき方向性がクリアになった実感があります。新生活がスタートしたときに、それまでの日常をまったく異なる角度から見るアクションと、自分自身のアップデートが何よりも必要不可欠じゃないかなと。失敗はたくさんありますが、今後もさらなるチャレンジを続けていきたいと考えています」

※写真提供:ご本人

<取材協力>
大関海平さん
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<取材コーディネート>
親目線で日本の教育を考える営み EduCari

取材・文:小林 香織