世界のトレンド、世の趨勢を読み解く上で、重要要素の1つに挙げられるのが投資資金の流れだ。どの国・地域、どの産業分野に投資資金が流れ込みそうなのか、その予兆を察知できれば、次の経済・技術トレンドにいち早く乗ることができる。
では、その投資資金の流れを予想するにはどうすればよいのか。理想は、世界各地の投資家らがどのような認識や嗜好を持ち、次の一手として何を考えているのかを知ることだろう。
金融大手モルガン・スタンレーがこのほど発表したレポート「Sustainable Signals」では、米国の個人投資家の間で起こる意識変化が示されており、投資資金の流れを占う上で興味深い「シグナル」として捉えることができる。
その意識変化とはどのようなものなのか。同レポートタイトルが示す通り、「サスティナビリティ(持続可能性)」に対する意識の高まりだ。投資を通じてサスティナブルな経済・社会を構築したいと考える投資家がこの数年急速に増えており、それは特にミレニアル世代投資家の間で顕著になっているという。
投資家の間でどのような意識変化が起こっているか。その詳細を見てみたい。
米個人投資家、サスティナブル分野で最大の関心事は「プラスチックごみ問題」
「Sustainable Signals」はモルガン・スタンレーが2015年から2年ごとに発表している投資家の意識調査レポートだ。3回目となる今回レポートでは、この5年間における個人投資家の意識変化が示されている。調査は、2019年2月に10万ドル以上の投資資金を持つ米国投資家約1,000人を対象に実施された。
最新調査では、投資家の85%が「サスティナブル投資」に関心があると回答。この割合は、71%だった2015年から14ポイント増、2017年の75%から10ポイントの増加となる。ミレニアル世代だけでみると、2019年時点におけるサスティナブル投資への関心割合は95%に上り、2017年比で9ポイントの増加となった。
ここでいう「サスティナブル投資」とは、利益やリターンを求めつつ、社会や環境にポジティブな影響を与えることを目的とする企業やファンドに投資する行為のことを指す。
サスティナブルといってもさまざまな分野がある。米国の投資家はどの分野に興味を示しているのか。
「very interested(関心が非常に高い)」との回答が最も多かった分野は「プラスチックごみ問題」と「気候変動」で、割合はそれぞれ46%となった。「Somewhat interested(やや関心がある)」との回答を含めると、プラスチックごみ問題への関心割合は85%、気候変動は78%に上る。
投資家の最大の関心事「プラごみ問題」
このほか「コミュニティ・デベロップメント」「循環経済」「SDGs」などへの関心の高さが示されている。
同調査では、関心の高まりにともない、実際に投資行動でその意思を示す投資家が増えていることも明らかになった。
投資活動に関して「自分の価値観にそぐわないと思われる企業やファンドへの投資を避けるために、投資先やポートフォリオのスクリーニングを実施した」との回答割合は、投資家全体では2015年の21%から2019年には33%に増加。ミレニアル世代では、2015年の27%から36%に増加している。
また「企業の社会・環境に対する活動や政治的活動が、自分の価値観に適合しないと判断し、投資資金を引き上げた」との回答は、投資家全体では2015年の7%から17%に、ミレニアル世代では15%から28%に増加。
一方で、引き上げた資金は環境や社会にポジティブな影響を与えると考えられる企業やファンドに投資されているようだ。
「環境・社会問題に対して具体的な改善策や目標値を掲げる企業やファンドに、すでに投資した」との回答割合は、投資家全体では2015年の12%から28%の増加、ミレニアル世代では22%から41%と20ポイント近い大幅増となった。資金の流れが大きく変化しつつあることを示唆す数字といえるだろう。
「インベスター・リレーションズ」だけでなく、「環境インパクト・レポート」を求める声増加
サスティナブル投資需要の増加にともなって高まっているのが、投資が環境・社会に実際どのような変化をもたらしているのかを伝える「インパクト・レポート」を求める声だ。
上記調査では、投資家全体の84%が「インパクト・レポートに関心がある」と回答。ミレニアル世代ではこの割合は91%に上る。
現在、企業は「インベスター・リレーションズ」を通じて、投資家に経営状況や財務状況を伝えている。一方、投資家らはそれだけはなく持続可能性の観点から環境や社会にどのようなインパクトを残せているのか、その状況を明確に知らせるレポートも求めているのだ。
モルガン・スタンレーの別調査では、多くの資産管理会社でこのところ投資家顧客から、サスティナブル・インパクトに関する質問が増え、その質問内容は年々精錬されているという状況が明らかにされている。
リターンは同等、値下がりリスクは低め? データが示す「サスティナブル投資」のパファーマンス
一方で、サスティナブル投資に関する情報が乏しく、インパクトの評価基準が定まっていないこと、またサスティナブル投資に関する実際のパファーマンスについての情報が十分に共有されていないことなど、サスティナブル投資がさらに拡大するために解決されなければならない問題は少なくない。
サスティナブル投資拡大に向けての最大の壁は、「持続可能性とリターンは同時に実現するのは難しいのではないか」という投資家の心理的バリアだ。
これは長年まことしやかにいわれてきた言説。このことがひっかかり、サスティナブル投資に関心はあっても、実際に投資行動に出れないという投資家は少なくないという。
しかし、実際のところそうでない可能性があることは多くの学術論文で示されている。これらの論文では、サスティナブル投資とそうではない既存投資を比べた場合、統計的にリターンは同等になることが確認されているという。
モルガン・スタンレーの別レポート「Sustainable Reality」は、これら学術論文を基に、最新データ(2004〜2018年)を用いて、サスティナブル投資と既存投資のリターンとリスクを分析。結果、サスティナブル投資が既存投資よりもリターンで劣るということは確認できなかった。
それどころか、アセットクラスや年によっては、サスティナブル投資のリターンが既存投資のそれを大きく上回る場合があることも判明。
さらに興味深いことに、サスティナブル投資の値下がりリスクが既存投資に比べ小さくなる可能性も示された。
投資のリターンとリスクという観点だけでなく、実際の企業事例からも持続可能性と収益は必ずしも相反するものではないということがうかがえる。
1,800万人の会員を持つ米アウトドア用品大手Recreational Equipmentは、過剰消費に警鐘を鳴らし、米最大のセール期間「ブラックフライデー」に店舗を閉鎖し、同時に街の清掃を行うという、一見売り上げに貢献しないような取り組みを続けている。
しかし、売り上げはこのところ右肩上がりで上昇中だ。英高級百貨店Selfridgesなども持続可能性と収益性を同時に実現している企業の1つだ。
持続可能性と収益性の同時に実現している米アウトドア用品大手Recreational Equipment
「囚人のジレンマ」からの脱却、サスティナブルが儲かる仕組みづくりへ
企業が事業活動において環境や社会に配慮した場合、利益が少なくなるというのは、もしかすると過去においては事実だったのかもしれない。社会全体がより良い状況になると分かっていても、協力しない方が利益をより多く得られる「囚人のジレンマ」的な状況があったと考えられるからだ。
インターネットがなかった時代、情報の非対称性は非常に大きく、消費者が企業行動を逐次知るのはほぼ不可能だった。しかし今はネットを活用し、企業が環境・社会に対しどのような影響を与えているのか、はるかに容易に知ることができるようになった。
またネットによって企業どうしがお互いの環境・社会活動についての情報を得られるようになったことも影響している可能性が考えられる。なぜなら、囚人のジレンマに陥る理由は、各プレーヤーがお互い情報をやり取りできないという前提状況が設定されているからだ。
消費者の環境意識や情報のオープン化、さらには法規制の整備によって、サスティナブルな商品・サービスを開発したり、その取り組みを実施することが高い収益性や安定したリターンにつながる環境が醸成されつつあるのかもしれない。サスティナブル投資のさらなる拡大によってこの流れが一気加速することを期待したい。
[文] 細谷元(Livit)