生産性向上の切り札となるか、社員教育における「ゲーミフィケーション」の可能性

OECD諸国との比較でその低さが指摘される日本の労働生産性。日本生産性本部の最新のまとめ(2018年12月)によると、2017年の日本の時間当たり労働生産性はOECD加盟国36カ国中20位だった。

購買力平価換算で日本の時間当たり労働生産性は47.5ドル(約5200円)。一方、米国は72ドル(約8000円)。時間あたりで見ると日本は米国の3分2しか生産できていないことになる。

時間あたり労働生産性では、日本はこの50年近く19〜21位の範囲で低迷する状態が続いているのだ。

こうした危機感からか、日本では近年社員教育・研修に力を入れる企業が増えてきている。産労総合研究所の調査によると、2018年調査対象となった企業の教育研修予算総額は3年連続で上昇していることが明らかになった。従業員1人当たりの額も上昇したという。

社員教育・研修への投資が労働生産性をどれほど高めるのか、その効果について何らかの調査や評価が実施されることが望ましいといえるだろう。

一方海外に目を向けてみると、新しい手法で社員の生産性を高めようとする試みが増えてきている。いま注目を集めているのが「ゲーミフィケーション」を活用した社員教育・研修だ。

増える「ゲーミフィケーション」を活用した社員教育

非ゲーム文脈にゲーム要素を適用し、ゲーム感覚でタスクを楽しめる環境をつくりだす「ゲーミフィケーション」。この数年リテール分野での取り組みが増えており、その効果に注目が集まっているところだ。

たとえば中国ではアパレル・コスメの海外ブランドがブランド認知を高めるために、テトリスやアイテムハンティング型のモバイルゲームをローンチしたという事例がある。

「ゲーミフィケーション」というコンセプトが比較的新しいため、リテール分野を含めその効果・影響についての研究はまだ不足しているといわれている。

そんな中、社員の労働生産性を高めるためにゲーミフィケーションを取り入れ、その効果を実証しようという海外企業が増えてきている。

米国の住宅リフォーム建材小売大手Home Depotは2018年3月、店舗従業員の商品知識を高めるためのモバイルアプリ「PocketGuide」を導入。ステージランクが設定されたクイズゲームで、回答していくと知識が高まる仕組みになっている。当初はガーデニング部門に、その後すべての部門に導入する計画だ。


(画像)Home Depoの「PocketGuide」(Home Depoウェブサイトより)

英国のワゴン車リース会社Vanaramaでは、営業部門にゲーミフィケーションシステムを導入。CRMなどと連動し、順位表のほかパファーマンス指標やメッセージがディスプレイに表示される仕組みになっている。CRMと連動しており、データは自動で更新されていく。普段は個人のパファーマンスを測るものだが、時折チーム全体へのミッションが与えられることもあるという。

『Actionable Gamification』の著者でゲーミフィケーションデザインの第一人者と目されるユーカイ・チョウ氏は自身のウェブサイトで、企業におけるゲーミフィケーション導入への関心が高まっており、そのニーズに応えるソリューションは多様化していると指摘している。

その代表的なソリューションとして名が挙がるのがシリコンバレーのBunchballが展開する「Nitro」というゲーミフィケーション・プラットフォームだ。フォーブス誌によると、2017年末時点でユニークユーザー数は7000万人おり、月間アクション数は23億回に上る。米国では、玩具大手ハズブロ、通信・メディア大手コムキャスト、ワーナー・ブラザースなどが同ソリューションを導入しているという。

会計大手KPMGのゲーミフィケーション施策とその効果

企業のゲーミフィケーション活用が進んでいるが、その効果について詳細を報告している企業は少ない。

会計大手KPMGはそんな数少ない企業1つだ。社員トレーニングの一環で実施した12カ月に渡るゲーミフィケーション施策の効果について、16ページのレポートを発表。どのような効果があったのか詳細を伝えている。


(画像)KPMGのゲーミフィケーション・レポート(KPMGウェブサイトより)

KPMGは世界各地に20万人のスタッフを抱える大企業。監査、税務、アドバイザリーの3分野でサービスを提供しているが、各分野でさらに細かく専門が別れており、社員が企業の全体を把握できない「知識ギャップ」が広がっていたという。

同社はこの知識ギャップを埋め、クライアントへの対応力を高めるための社員教育にゲーミフィケーション施策を導入。「KPMG Globerunner」と呼ばれるゲームで、プレイヤーは世界旅行に見立てたステージでミッションをクリアしながら、パファーマンスを競うものになっている。各ステージで一定のポイントを獲得すると、次のステージがアンロックされる。獲得ポイントは順位表に表示されており、自分の順位だけでなく他のプレイヤーの順位も確認できる。世界中のプレイヤーたちと競ってゴールを目指す。基本は1人プレイだが、チームで競うトーナメントモードも用意されている。

KPMGはこのゲーミフィケーション施策を12カ月間実施し、その効果を評価した。それによると、同社に関する社員の知識は全体で24%向上。それにともない、クライアントの課題にこれまで以上にゆとりを持って対応できるようになったとの回答が71%に上った。知識ギャップを示す数値も12%から4%へと大幅に下がり、知識ギャップは縮まったことが示された。

ゲーミフィケーションを活用すれば必ずKPMGのような成果を出すことができるのか。

現在までに発表されているゲーミフィケーション関連の論文では、必ずしもそうとはいえないことが示されている。

ゲーム要素を取り入れたことで、学習や研修に熱中させることが可能である一方、設計を間違えてしまうと、ゲーム中毒状態を生み出してしまい、実務に支障をきたす可能性が示されているのだ。

企業の社員教育・研修の目的は「モチベーションを上げ、生産性を高めること」。ゲーミフィケーションはそれを達成する手段の1つに過ぎない。本来の目的を見誤り、設計を間違ってしまうとゲーミフィケーション施策は無駄になるだけでなく、ネガティブな効果を生み出してしまう諸刃の剣といえるかもしれない。

しかし、うまく活用すれば、既存の社員教育・研修のやり方では達成できないような成果を生み出すことができるはずだ。ゲーミフィケーションの施策や研究は始まったばかり。これからのゲーミフィケーションの進化に期待が寄せられる。

文:細谷元(Livit

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