気候や光熱費に応じて自動で制御を行うエアコンからペットの自動給餌まで、テクノロジーは家庭のさまざまなシーンを便利にしているが、料理もその例外ではない。
これまで本格的な料理は職人の技術あってのものとされ、和食、イタリア料理、フランス料理、中華料理など、料理の数だけそれに特価した技術が存在している。例えばうなぎであれば「串打ち3年、割き8年、焼き一生」といわるように、素材の切り方、火の通し方といった各ステップを長年の経験で培われる技術により行うことが重要であり、本格的な料理を家庭で作ることは困難だった。
しかし近年、最新のテクノロジーで、プロの技術を家庭での料理に取り入れる「スマートキッチン家電」に注目が集まっている。料理はアートであり科学であるとも言われるが、スマートキッチン家電は、「再現可能な手順であれば同じ結果が得られる」という料理の科学たる部分を感じさせてくれるのだ。
テクノロジーがサポート、料理の美味しい科学
味と食感を大きく左右する加熱時間と温度(Pixabayより)
スマートキッチン家電が得意とする代表的な調理プロセスは温度管理だ。加熱というプロセスは多くの料理に含まれ、温度や時間に応じて、肉や魚であれば固さに影響するタンパク質の変性や水分の流出、また味わいに影響するイノシン酸などうまみ成分の変化が起こる。
またメイラード反応と呼ばれる褐色色素を発生させる反応が表面に起こることで食欲をそそる焼き色や匂いが生じる。そして食材の中心部が、食中毒菌が死滅する一定の温度と加熱時間に達することで食中毒が予防される。
一定の温度と時間で同じ結果が生じる「料理の科学」がそこにはある。しかし、レシピを守れば誰でも生焼けにも焦がすこともなく、綺麗に焼き色をつけ、すばらしい食感と味に仕上げられるわけではない。熱を加える際には肉・魚の種類や部位、厚みや量、初期温度、熱源からの距離、熱源の性質の影響を受けるので、マニュアル通りにやっても必ずしもうまくいくとは限らないのだ。レア、ミディアムなど、食べる人の好みに合わせた微妙な焼き加減を試みる場合はさらに難度があがる。
そのため、「加熱」を正確に行うには、豊富な知識に基づいて食材の状態を分析し、最適な調理温度を選び、調理過程では弾力や見た目の変化によって加熱の状況を確認するという経験に基づいた高い技術が必要とされる。さらに、微妙な温度調整を数回行い、絶妙なタイミングで裏返し、アルミホイルで表面をカバーするなど、手間という意味でも家庭ではなかなかプロの味の再現は困難だ。
この奥が深い温度管理において、センサー、AI(人工知能)技術が、家庭での料理の大きな助けとなっている。日立のオーブンレンジのコンセプトは「がんばらなくてもおいしい料理が作れる」。レシピの基本設定をもとに、素材の状態・量に応じて随時自動で温度を調整し、多様な料理を正確に焼きあげる。
またシャープの水蒸気オーブン「ヘルシオ」は、赤外線センサーと温度センサーにより精密な温度調整を行うだけでなく、AIとの対話を可能にすることで、家電が高機能になるほど操作が難しくなるという課題にも対応している。
揚げ物も同様に温度管理が重要で、温度が高すぎると中が生に、逆に温度が低すぎると衣の水分が蒸発せず、ベチャっとした仕上がりになってしまう。この適温はでんぷんや水分の含有量が影響するため食材によって異なるが、揚げ物の食材は非常に多様だ。
その知識に加えて、温度の判断には、泡のあがり方やパン粉の広がり、衣の浮き上がり方などの観察眼が要求される。もう無理だ、天ぷらは外食でいい、そう思う人も少なくないだろう。温度計の助けを借りても最適温度を調べる段階でくじけそうだ。
この多様な温度設定とコントロールを簡単に叶えるのが、T-falの揚げる・煮込む・炒めるができるスマートデバイス「アクティフライ」。Bluetoothでスマホ/タブレットとつながり、アプリ上のレシピから最適な調理温度と時間を選ぶことで、誰が作っても分量を守る限り、一定の質の調理が再現できるようになっている。
お菓子作りにおいてもスマートキッチンデバイスは強力な助っ人だ。マフィンやケーキのふわふわ感は、ベーキングパウダーに水分と熱が加わることで炭酸水素ナトリウムが分解、発生した炭酸ガスによって生地が膨らむことで生まれる。独特の苦みを出さずに、十分生地を膨らませるにはグラム単位の正確な計測が不可欠だ。
パティシエでないかぎり、各お菓子の適量を覚えている人は少ない。たいていは粉で汚れた手でレシピを何度も確認しながら、はかりと格闘することになるのだが、レシピ掲載サイト「クックパッド」が開発するレシピ連動調味料サーバ「OiCy Taste」は、スマホの音声入力を用いて本体に触れることなく計測された材料を出すことで、スムーズで正確な調理を可能にする。
つながることで調理体験を変えるコネクテッドキッチン
Pixabayより
このようなスマートキッチン家電を、正確さから一歩先に進化させているのがIoT(モノのインターネット)だ。調理機器をインターネットに接続し、他の機器と相互に情報交換・制御させることで、コネクテッドキッチンと呼ばれる新しい料理体験の場が生まれる。
前述のヘルシオは、Wi-Fi接続しクラウドサービスを活用することで、新レシピを随時ダウンロードでき、随時新しい料理を学び続けるオーブンとなっている。日立のIHクッキングヒーター「火加減マイスター」もスマホアプリで数百のレシピが検索でき、選択したレシピの火加減や加熱時間などの設定を送信することで、調理の操作や進行状況の確認がスマホで簡単にできる。
イギリス発のSmarter coffeeは微妙な温度変化で苦味と酸味のバランスが変わってしまうコーヒードリップの正確な温度調節をするだけでなく、朝起きた時の気分でベッドサイドのスマホからコーヒーの強さを調節できる。
調理プロセスの中には気温の影響を受けるものも多いが、これからはIoTによって天気アプリと連動し、調理過程を調整するようなことも可能になるのかもしれない。
キッチン家電は家庭内だけでなく、家の外からもアクセスできるようになりつつある。フレンチのコンフィや和食の肉じゃがといった時間のかかる煮込み料理は、自動で調理してくれる鍋、スロークッカーの得意とするところだ。
しかし帰宅時間が予測できないのが仕事に子育てに忙しい私たちの世代。その点、コネクテッドスロークッカー、WEMOのスマートCrock−Potは、スマホアプリと接続され、外出先で温度、調理時間などを調整してスケジュール変更に対応できるようになっている。未婚化、共働き世帯の増加など、専業で料理する人が少なくなってきている今、コネクテッドキッチンの意義は増すばかりだ。
Pixabayより
多様な最先端技術は家族団らんの中心、キッチンでの料理を大きく進化させ、さらには家庭の外、外食分野でも人手不足の解消、食品ロスの軽減、省エネ、食中毒予防など社会課題の解決に寄与している。
料理はレシピやメニューの考案、食材選びから、切る、盛りつけるなど複雑なプロセスの連続で、まだまだスマート家電が代替できない部分も多く、なによりアートたる部分は今後もプロの料理人の手によるところが大きい。しかし生活の中心である食へのテクノロジーの活用は、仕事に子育てに遊びに忙しい私たちの家庭生活を飛躍的に豊かにしてくれそうだ。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)