中国では今、Z世代と呼ばれる1990年代半ばから2000年代前半生まれの若者を中心に、短尺動画に特化したSNSアプリが空前の盛り上がりを見せている。
短尺動画SNSアプリとは、主に20分以下の短編動画を制作・共有することを目的に作られたモバイルプラットフォームで、中国国内でのユーザー数は2017年時点で2億4,000万人を超え、2018年末までには3億5,000万人にまで達する見込みとされている。
現在この市場では、テンセントをはじめとする中国テック企業が熾烈なシェア争いを繰り広げているが、中国市場を席捲している「Douyin」「Kuaishou」といったアプリは、日本ではあまり知られていないだろう。今回は中国における短尺動画SNSアプリ市場の今と、それにハマる中国Z世代のユーザー像、そして今後の展開を追ってみたい。
中国政府の規制により国産アプリが発達する中国SNS市場
ご存じの方も多いと思うが、中国では政府によるインターネット規制があり、FacebookやTwitterといったグローバルなSNSには、基本的に中国国内からアクセスすることができない。そのため、Facebookに類似のWeibo、LINEに似たWeChatやQQなど、中国独自のSNSやメッセージングアプリが開発され、広く普及してきた。
この傾向は短尺動画SNSについても同様で、日本で使われているようなInstagramストーリーやYouTubeではなく、中国国産のアプリが開発され、すでに数億人規模のユーザーを獲得している。
現在月別のアクティブユーザー数で上位5つのアプリが、ライフスタイル系の「Kuaishou」「Xigua」「Meipai」、音楽系の「Douyin」「Quanmin K Ge」だ。KuaishouとQuanmin K Geは中国三大テック企業のひとつテンセント社の傘下で、XiguaとDouyinはByteDance社によるものだ。ByteDance社はテック業界では後発組だが、立て続けの競合買収などを経て、中国の短尺動画共有アプリ市場のリーディングカンパニーとなっている。
ライフスタイル系短尺動画共有アプリ「Kuaishou」「Xigua Video」「Meipai」
ライフスタイル系短尺動画共有アプリには、日常生活の一コマを切り取った動画が多く、Instagramストーリーに近い系統だ。
「Kuaishou」には日常を切り取った短尺動画が多く並ぶ
現在トップシェアを持つのはテンセント系列のスタートアップ「Kuaishou(快手)」。元々動画共有とライブストリーミングプラットフォームで地位を築いていて、あらゆるジャンルの動画がシェアされている。中でも、アメリカで人気のリアリティーショー「ジャッカス」風のドタバタ動画を作りたいユーザーに強く支持されている。
Z世代のお洒落な女子の支持を受けるアプリ「Meipai」
一方「Meipai」は香港のスマートフォンメーカーMeituの手掛ける短尺動画共有SNSで、ファッション性の高さを特徴としたアプリだ。顔の映りを良くするフィルター機能などが豊富なため、ユーザーの8割弱が女性で、自分の見た目に自信のある10代~20代前半の若い女性たちが積極的に発信している傾向が見受けられる。Instagram Liveと同じように、動画をストリーミング配信し、リアルタイムで視聴者のコメントを受ける機能も搭載されている。
また、ByteDanceが手掛ける「Xigua Video(西瓜影音)」は、ハイクオリティな動画コンテンツを作り込みたいプロやセミプロのユーザーに支持されており、どちらかといえばYouTubeに近い立ち位置のアプリと言えるだろう。
音楽系短尺動画共有アプリ「Douyin」「Quanmin K Ge」
ライフスタイル系と比べ、より中国市場の独自色が強くなっているのが音楽系短尺動画共有アプリだ。
リップシンクアプリの「Douyin(Tik Tok)」
まず中国市場で圧倒的な存在感を持つのがリップシンクアプリの「Douyin(抖音)」。Douyinはすでに「Tik Tok」という名前でこのアプリをアジア全域に展開しており、1日のアクティブユーザー数が1億5000万人というメガアプリとなっている。
Douyinでは、膨大な音楽ライブラリからヒット曲などを音源として使い、自分の口パク映像をあわせることで簡単に動画を作ることができる。Douyinで作られる動画は15秒と短く、その手軽さが最大の特徴だ。オリジナリティや完成度を追求するというよりも、むしろ他のユーザーのコンテンツを真似て楽しむ文化が強く、投稿者と視聴者の垣根が低い。学校の休み時間に友達と一緒に撮った動画を投稿したら、他の人からリアクションがもらえる、といった気軽な楽しみ方がZ世代を惹きつけているようだ。
歌唱動画のシェアアプリ「Quanmin K Ge」
一方テンセント傘下の「Quanmin K Ge(全民K歌)」は歌唱動画のシェアに特化したアプリだ。カラオケに合わせて歌い、歌の上手さや声の良さをアピールしている動画もあれば、シンガーソングライター志望者が自作の曲を披露している動画もある。
Quanmin K Geで作った動画は、テンセントが運営するメッセージアプリWeChatやQQ(日本でいうLINEやFacebookメッセンジャー)ともリンクさせて、簡単に拡散することができる。
Z世代でも都市部と農村部で、使われるアプリや動画の発信目的が異なる
中国の動画SNSアプリを個々に見ていくと、同じZ世代がメインユーザーであっても、使われるアプリに地域差があることがわかった。
中国では人口やGDPなどを元に、各都市がT1・T2・T3・T4と四段階の規模に分けられている(T1が北京や上海などの大都市で、T4が中国北部・西部などの都市化が進んでいない地域)。
リップシンクアプリのDouyinやファッション系のMeipaiのユーザーの60%はT1やT2に属する都市部に住んでいる一方、日常生活切り取り型のKuaishouは、都市圏から離れた地域に住むZ世代の支持を強く受けていた。
DouyinやMeipaiの動画の多くは、投稿者自身の姿を素材に使い、編集機能で可愛く、おもしろくといった演出を加えて発信している。これらの動画は、友達から良いリアクションを得たい、「盛れた」自分の姿を他の人にも見てもらいたい、という承認欲求を動機として作られたものが多いように感じられる。
『自分を表現しよう、ひとりじゃない』という「Kuaishou」のキャッチフレーズ
一方で、Kuaishouの熱心なユーザーである地方の小さな町や農村部に住む若者たちは、ゲテモノを食べたり花火で危なっかしい遊びをしたり、といった日常を少しだけ逸脱した「プチ冒険」を発信するために動画を投稿するケースが目立つ。今回紹介した動画アプリはどれも基本的に中国語のインターフェースだが、Kuaishouには中国語から英語への翻訳機能も搭載されている。
Kuaishouへ投稿された動画から、都市部から離れた地域で暮らすZ世代の閉そく感と、ここからでも世界と繋がりたいという発信欲を感じる、というのは言い過ぎかもしれないが、DouyinやMeipaiに投稿される現実離れした「キラキラ系」の動画とは明らかに異なる傾向が見て取れるのは確かだ。
世界が中国発の動画SNSアプリに席巻される日も近いか?
WeiboやWeChatといったこれまでの中国国産SNSは、FacebookやWhatsAppといったグローバルSNSの代替品という立ち位置だったため、中国国外での普及は極めて限定的だった。
欧米に2億人のユーザーを抱えるリップシンクアプリ「Musical.ly」
しかし、今回の短尺動画SNSアプリに関しては、状況は大きく異なっている。
DouyingはすでにTik Tokとしてアジア展開を進めているだけでなく、2017年11月に先発リップシンクアプリの「Musical.ly(ミュージカリー)」を買収し、今年中の統合を目指すと発表している。欧米を中心に2億人の登録ユーザーを抱えていたMusical.lyは、すでにアップルと提携し、会員であればMusical.ly上でApple Musicの楽曲をノーカットでストリームできる体制を整えている。もしDouyingが順調にMusical.lyの統合・運営をすることができれば、世界最大のリップシンクアプリとしての地位は盤石とも言えるだろう。
また、中国国外では無名だったKuaishouも2017年半ばから海外展開を進めており、わずか1年弱でロシア、ベラルーシ、ウクライナ、トルコといったヨーロッパ東部の国々や韓国、インドネシアなどのアジア圏でアプリダウンロード数1位になるなど急激な広がりを見せている。
これまで中国の動画コンテンツといえば、公序良俗に反するものも含まれる、一種の無法地帯というイメージがあった。しかし、Kuaishouの海外展開の急拡大に呼応するように、この数カ月で中国政府も動画コンテンツ取り締まりの動きを強化している。2018年4月にはKuaishou上で配信されている不適切なコンテンツに一括削除命令が下され、グローバルなアプリとなるモラル的な土壌も整えられた。
中国の特に農村部ではパソコンと固定回線が普及することなくスマートフォン時代に突入したため、現在中国でのインターネット利用はモバイルが97.5%と圧倒的割合を占めている。そのため中国のオンラインサービスは全てモバイル端末内で完結するように設計されており、各種アプリのモバイル操作性は、欧米や日本のアプリと比べても高いレベルにあるのが事実だ。
FacebookやTwitterのようなグローバルの絶対的王者がまだいない動画SNS市場において、モバイル特化を武器に中国発アプリが世界を席巻する日は、もうすぐそこまで来ているのかもしれない。
文:平島聡子
編集:岡徳之(Livit)