中国の「ブラックテック」、『マイノリティ・リポート』の世界実現に向け開発加速

TAG:

1億7,000万台。現在中国国内に設置されている監視カメラ(CCTV)の台数だ。今後3年でさらに4億台が設置される予定で、2020年までに計6億7,000万台になる見込みといわれている(BBC)。

中国では国民のプライバシー意識の低さに加え、人工知能の発展などさまざま要因が絡み合い、監視カメラを含めた防犯テクノロジー開発が加速、世界をリードする防犯テクノロジー国家になろうとしている。

中国国営メディアはこのトレンドを「ブラックテック」呼び、SF映画に登場するような未来の防犯を実現するものと強調している。

ブラックテックには、スマホデータ読み取りデバイスといった他国では秘密裏に開発・取り引きがされているテクノロジーなどが含まれ、海外メディアでは物議を醸すトピックとなっている。

今回は中国のプライバシー意識とその変化に触れつつ、ブラックテックにまつわる最新動向をお伝えしたい。


天安門広場の監視カメラ

ブラックテックの盛り上がりと開発競争激化

ロイター通信によると「ブラックテック」とは、中国国営メディア『科技日報』が未来的な様相を呈する防犯テクノロジーを表現するために用いた言葉という。

人工知能を活用した顔認識システムに加え、監視・防犯を目的としたドローンやロボットなどがブラックテックの範疇に入るようだ。

科技日報は映画『マイノリティ・リポート』のような世界がすでに一部で現実になっていると強調している。

これはスティーブン・スピルバーグ監督、トム・クルーズ主演で2002年に公開された映画。舞台は2054年のワシントン。犯罪予防局が殺人予知システムを活用、殺人予定者を逮捕することができ、殺人発生率0%が実現された世界が描かれている。

2018年5月に北京で開催された「警察・防犯機器国際見本市」では、この映画を彷彿とさせる近未来の防犯テクノロジーが数多く展示された。そのなかでも物議を醸したのが、スマートフォンのデータを読み取ることができるテクノロジーだ。

中国・アモイに拠点を置く防犯テクノロジー企業Meiya Picoが開発した「XDH-CF-5600」は、スマホデータを読み取るスキャナだ。ロイター通信によると、同社の従業員はこのスキャナーが数秒でスマホパスワードをクラックし、通話・メッセージデータを抜き取ることができると主張したという。

また北京を拠点にするHisign Technologyも同様のスマホスキャナを開発している。同社ウェブサイトによると、このスキャナは移動通信だけなく、ブルートゥースや赤外線などさまざまな通信チャネルを通じてデータを取得することが可能という。同社はロイター通信の取材で、フェイスブックなど海外のアプリを含め90以上のアプリからデータを読み取ることができると主張している。


Hisign Technologyのモバイルデータ取得・分析機器(Hisign Technologyウェブサイトより)

中国警察当局はすでにこのようなスキャナを導入しており、より精度の高いスキャナを求め警察機器見本市に足を運んでいるようだ。警察当局のお墨付きということもあり、各社はアプリケーションだけでなく、オペレーティング・システムレベルでの情報取得精度を高めようと開発を加速しているという。

北京拠点のLLVision社が提供する警察向けスマートメガネも話題になっている。このスマートメガネはブラックリスト・データベースとつながっており、メガネで見た人のなかにブラックリストに登録されている人物がいた場合警告を発する仕組みになっている。同時に10人の顔を識別することが可能という。

中国国営メディア『人民日報』のニュースサイトなどは、2018年2月の旧正月シーズン、中国河南省鄭州(テイシュウ)市の鉄道警察が鄭州東駅でLLVision社のスマートメガネを導入し、重大犯罪容疑で7名、身分証明書偽造で26名を逮捕したと伝えている。同社ウェブサイトによると、鉄道だけでなく公道での検問にも導入されているようだ。


LLVisioのスマートメガネ(LLVisioウェブサイトより)

監視・防犯目的のドローンやロボットの開発・導入も加速している。

サウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙によると、中国の5つの省で政府当局が鳥型ドローンを導入し、分離独立運動が活発な地域の監視などに活用することを模索しているという。開発段階ではあるが、長時間飛行が可能で、レーダーに探知されない優位性を持っており、その可能性に期待が寄せられている。

深セン国際空港では2016年9月に中国発となる空港パトロールロボットが登場。カメラが搭載されており顔認識が可能だ。また河南省鄭州市、鄭州東駅ではスマートメガネ導入の1年前、2017年2月に警察ロボットが導入されている。2017年10月には北京で駐車違反取り締まりロボットや公園防犯ロボットなどが登場している。

このほかVRカメラを搭載した警察犬や声紋認識システムなども登場。ブラックテックはとどまることなく開発・普及が進んでいる。

中国のプライバシー意識とその変化

中国でここまでブラックテックが普及している理由の1つに、プライバシー意識が欧米に比べ弱いということが挙げられる。

サウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙は「なぜ中国ではプライバシーという概念が存在しないのか」と題した記事のなかで、プライバシーは欧米の個人主義的価値観を基に発展した概念である一方、中国では集団主義的な価値観が強くそのような概念は発展しなかったと指摘。プライバシーの中国語訳に充てられる「隠私(yinsi)」という言葉には隔離といったネガティブな意味を含んでいるという。

欧米と中国のプライバシーに対する意識の違いは、いくつかの調査でも数字となって現れている。

ボストン・コンサルティング・グループが2013年に実施した調査では「オンライン上で個人情報を共有する際、細心の注意を払うべきか」という質問に対して、欧米では概ね80%が注意すべきと回答。グローバル平均では76%となった。一方、中国では50%のみだった。

また別の質問では「オンラインの個人情報を管理するツールが使える場合、そのツールを使うかどうか」という質問でも、欧米では80%前後、グローバル平均は70%だったのに対し中国は39%にとどまっている。

『ハーバード・ビジネス・レビュー』2015年5月の記事では、米国、英国、ドイツ、インド、中国の5カ国を対象に、消費者がどのタイプの個人情報に価値を置いているのかを分析。この分析では、個人情報の種類ごとに、その情報を守るのにどれくらいの額を支払うのかという質問を通じて、国ごとの個人情報の価値を明らかにしている。米国でもっとも価値が高いのは、政府が発効するIDで、その額は112ドルとなった。ドイツでは健康情報に最大の価値が置かれ、その額は184ドル。英国も健康情報で60ドルとなった。一方、中国ではどのタイプの個人情報も低く評価されており、最大となったデジタルコミュニケーションに関する個人情報でも4.48ドルのみとなった。

一方、英エコノミスト誌が指摘するように、中国では個人情報盗難やオンライン詐欺が急増しており、個人情報の取り扱いに関して消費者の意識が変わりつつある。また、より強固な個人情報保護を求めロビー活動を実施する中国IT企業が増えており、このことも消費者の意識を変える原動力になっているという。

プライバシーに対する考えや個人情報に対する価値は国ごとに異なる。同時に時代とともに変化するものでもある。もし中国国民の意識が変化していくとすると、ブラックテックの未来はどのように変わるのか。『マイノリティー・リポート』のような世界が実現するのか、または別の未来がやってくるのか、今後の動向に注視が必要だ。

モバイルバージョンを終了