最近、あなたが買ったものを思い浮かべてほしい。

それはお店に足を運んで買ったものだろうか?それとも、AmazonなどのECサイトで買ったものだろうか?最後にお店で店員さんと話しながら買い物をしたのは、もしかするとだいぶ前のことかもしれない。

これまで、「商品の購入」は店舗においてだけ可能な行為だった。しかし、インターネットの台頭により欲しいものがあればすぐに検索して買えるようになった今、「買い物」の主戦場は徐々にインターネット上に移行しつつある。

では、このままインターネットが成長していった先に、実店舗は必要なくなってしまうのだろうか。

EC発のブランドが次々に実店舗をオープン

アメリカを見てみると、百貨店の店舗閉鎖のニュースと引き換えに、EC発のブランドが次々に実店舗をオープンさせている。「商品の購入」だけであればオンラインで完結できるはずのブランドが実店舗を出す背景には、店舗が「商品の購入」以外の価値を持ち始めているという変化がある。

その新しい価値の代表格が「体験」だ。ECが台頭してからは「体験型店舗」や「ショールーミング」といった言葉が注目を集め、盛んに使われるようになってきた。

Warby ParkerやBonobosのGUIDE SHOP、Nordstrom Localなど、店舗であえて販売をせず、ただ商品を体験してもらうことに注力する店舗が増加しつつある。

店舗は「買う場所」から「体験する場所」へと徐々に変化しているのだ。

一方で、「体験」が必ずしも購買に結びつかないケースもある。最近ではカフェやコーヒースタンドを併設するアパレルショップも増えてきたが、とってつけたような「体験」に顧客は足を向けず閑古鳥が鳴いていたり、カフェだけ楽しんで買い物まで至っていない店舗も散見される。

また、店内にフォトジェニックなスポットを作ることで集客を図るも、インスタ映えする写真を撮るために訪れる人々が増えたことで、ゆっくりと買い物をしたい顧客の来店を阻害してしまっている場合もある。

特に所有への欲求が薄いミレニアル世代は、「モノ」よりも「コト」を重視する傾向がある。「体験」の提供には設備投資も人件費もかかっているが、その投資を回収できるだけの「購買」は今後起きづらくなっていくだろう。

こうした問題を解決する新しいかたちとして、体験価値と引き換えに「入場料」をとる店舗が現れはじめている。

3ユーロの入場料をとるフォトジェニックなポルトガルの書店 “Livraria Lello”

まるでファンタジー映画のセットのような芸術的な建物の中に、天井まで所狭しと並ぶ本たち。ポルトガルにある『Livraria Lello(レロ・イ・イルマオン)』は、130年以上続く現役の書店だ。

その美しさからイギリスのGuardian誌が選ぶ「世界の美しい本屋10選(The world’s 10 bset book shops)」にも選ばれた。1881年から続く同店は、ステンドグラスや天井まで続く階段など、まるでファンタジー世界のような内装が印象的だ。その空間を体験するために、観光スポットとして足を運ぶ観光客も少なくない。

しかし、店内に並ぶのは大半がポルトガル語の本のため、観光客にとっては商品を購入しづらい。そこでLivraria Lelloでは、店舗に入る際に3ユーロ(約400円)の入場料をとっている。この入場料によって、観光客にとっては美術館や博物館と同じように「ただその店舗を体験する」ということが許される。

店舗側にとっては、無料で空間を体験して帰る人々のために清掃や接客などのコストを、商品価格に転嫁せず来場者から直接徴収することで、購入するかに関わらず質の高い体験の提供につなげられるというメリットがある。

なお、入場料の3ユーロは、店内で買い物をすれば商品代金から差し引く形で返金される。観光客にとっては「せっかくだから3ユーロ分買っていこうかな」というインセンティブが働き、通常の書店として利用する地元の人たちにとっても、損のない仕組みになっているのだ。

入会金33万で月額2万円。新時代の紳士クラブ型店舗 “Wingtip Club”

入場料型店舗の発展系として注目を集めているのが『Wingtip Club』だ。

紳士服や雑貨を中心としたECサイト「Wingtip」が運営するWingtip Clubは、入会金$3,000(約33万円)、月額$200(約2.2万円)となかなかに高額な入場料を支払う必要がある。

入店までにそれだけのお金を支払わなければならない理由は、その店舗の仕組みにある。11Fまであるビルの中には、ハイエンドなバーやイベントスペース、スタイリッシュな床屋、ゴルフのシミュレーションスペース、ダーツやビリヤードのプレイルームなど、「Solution for the Modern Gentleman」のコンセプトに沿った設備が詰め込まれている。

Wingtip Clubは「ショップ」ではなく、もはや「紳士クラブ」なのだ。

もちろん、会員はすべての商品を10%オフで購入することができたり、その場でカスタムオーダーを依頼したり、スタッフに買い物の相談ができるといったECサイトが運営する空間ならではのサービスも充実している。

Wingtip Clubのように、「体験」の枠を超えて同じ価値観をもつ顧客同士のつながりを生む「社交」も、これから実店舗に求められる価値のひとつになっていきそうだ。

店舗が入場料をとる意味とその効果

体験価値を考える上ではWingtip Clubが実現する「社交」、つまり「つながり」を生む場としての価値も見逃せないポイントとなる。

スニーカーブランド「Vans」がロンドンに展開する「House of Vans」では、スケーターからの支持が根強いストリートブランドらしく、ワンフロアを丸ごとスケート場として無料で解放している。「House of Vans」ではスケート場を活用したイベントも開催しており、スケーター同士の社交の場としても機能しているという。

インテリアショップの「IKEA」では店内に宿泊できるイベントを開催したり、ヨガウェアブランド「Lululemon」は店内で定期的にヨガレッスンを実施するなど、店舗という空間を活用したイベント体験の事例も増えている。これらの動きは、顧客同士のつながりを生む機会にもなるだろう。

顧客同士がブランドを通して繋がることができれば、ブランドへのロイヤリティは強固なものになっていく。

自分の気に入った商品が体験でき、価値観が合う人たちとの交流もできる場所。これからの店舗の価値は、こうした新しいつながりを生むことなのではないだろうか。

店舗はこれまで「誰でも」「無料で」入れる場所だったが、それは訪れた人たちが「買う」という目的意識をもち、来店客の一定数が購入によってお金を払っていたからこそ成り立ってきたビジネスモデルだ。

今後「買う」という機能がオンラインに移行していき、「体験」こそが店舗における価値の中心になっていけば、店舗体験そのものに課金できる時代がくるだろう。そのためには、お金を払ってでも体験したいと思ってもらえるほどの価値を出せるかが肝になっていく。

「買わせる」ための場所ではなく、「楽しんでもらう」ための場所へ。こうした発想の転換が、今後の店舗のあり方を多く変えていきそうだ。

img: Livraria Lello Facebook, Wingtip Club, House of Vans